ナンパ?日目。隕石落ちないかな。
何日目か数えればすぐわかるけど数える気にもならんわ。
声掛け自体は特別多いとは言わないけど超少ないわけでもない。
全く上手くなる要素が無さ過ぎて死にたいわ。
ちょっと面白いことも書きたいとか思って始めたブログだけどそんな気分にもならん。
なんなのこれは。
人見知りなのは自覚していたが流石にこれだけ声掛けていたらなんとかなってもいいだろうに、なんなんだ一体、、、。
思い当たるとしたらいくつか無くはない。
声掛けるときの勢いとか、どうにかして仲良くなりたいとかの熱意とかだったりそういうのが自分には致命的に欠けているのはなんとなく分かってはいるんだ。
自分としては本気で取り組もうと思っているつもりでも実際中途半端になってしまっているのはどこかで気づいてはいたんだ。
ナンパ始めたばかりのころはこんなんじゃなかったのに、小手先の知識だけは今のほうが上だが色々な面ですれてしまっている気がする。
まじで中途半端過ぎるわ。
死にたい。
なんとか現状変えないと、生きていて楽しくない。
ナンパ1日目~地蔵という名の地獄~
地蔵、それはナンパ界における貧弱なボキャブラリーの中で唯一秀逸な表現をしている。
意味としては基本的には声を掛けようとしても掛けられない状態を指している。
なるほど。
動かない(動けない)状態を指している表現としては【看板】【カカシ】などよりもナンパという能動的な行為を皮肉る響きとしてぴったりくる。秀逸である。
地蔵に至るには恐怖、羞恥、諸々な要素があるが一言でいえば大抵ただのビビりである。
ナンパおいて最も忌むべき、生物における雄としての誇りを失った屈辱的な状態、それが地蔵である。
失敗は恥ずべきことなのか、否である。
失敗は己が挑戦を諦めないでいる限り成功への道標であり、母であり父である。
声掛けて何も話せない、話題が浮かばない、声が上ずる、緊張して変な事を言ってしまう、周りに笑われる、蔑まれる、罵倒される、これらは失敗なのか。
否である。
続ける限り成功への布石であり、成功というメインディッシュの為の引き立て役、オードブルである。
では貴君らに問う。
声を掛けたくても声が掛けれない、声を掛けようとしても足が動かない、失敗するのが怖くて声が掛けれない、これらは失敗であるのか。
答えは是である!
勝負の土俵にすら上がれていない!
本日、3万人声を掛けるという大層な宣言をした我は現場に到着して3時間地蔵した!
大失敗も大失敗、大火傷中の大火傷である!
その理由がまた情けない。
声を掛けて失敗したらどうしよう、変だと思われないかな、何話したらいいんだろう、、、。
失敗するに決まっているし、変に決まっているし、話すことなどない!!!
分かってはいるのだがこんな情けない理由で地蔵してしまったのである。
まさかこんなことになるとは、多少思ったがまさか3時間地蔵するとは思わなかった。
挙句の果てに2時間地蔵した末にたばこを買おうと思ったコンビニで自分の意志とは無関係に発泡酒を買っている!
これでは閃きの無い、ただのクズカイジである。
我は酒が好きだ。
酔拳(酒を入れて抵抗感を無くしナンパすること)しようとは思わなかったが、己の無聊を慰めるために防衛本能で酒を購入してしまったと推測する。
酒なんかに頼ってはだめだと酒を抜くために水を流し込んでから落ち着き、いざやろうと思った瞬間知り合いのナンパ師に出くわしてしまう。
なんたるタイミングの悪さ!
他の場所へ行け!!!
と思ったと同時に、わーい仲間だ仲間だ!俺声掛けたいけど地蔵なんだよー、ピー(/ω\)、、、とか話そうと思ってしまう心中堕落しきった己を心から軽蔑すること約3分。
もちろん他人と合流することによってダメージは軽くなるし声を掛けに行く負担は軽くなるのだが、今我がしたいのは他人と慰めあったりわいわいやることではない。
己が力で孤独に道を切り開くことである。
以前までは会えばガハハと笑い話をしていたのもどこへやら、軽く挨拶をして以後は目も合わせないという強烈な社会への断絶を見せる。
なんとかかんとかようやく声を掛けだし、30過ぎのおっさんが一回り以上も下の女性に自分から声を掛けておきながら碌に口も回らず気持ち悪い余韻だけを残して去るという犯罪的な醜態を犯して去っていった。
3時間地蔵した頃には1人声掛けられたらいいと思っていたが帰るときには20声掛け出来ていた。
1人が20人に増えて喜ぶべきかと思ったが、家という安全地帯にいたときにはブログ開始記念に100声掛けや!と思って自宅を出た自分と比べて複雑になったのは言うまでもない。
また明日(正確には今日)リベンジとやらである。
本日声掛け:20人
3万人まで残り29980人
ナンパを触媒にして自分に革命を起こす。
ブログを書こうと思い立って始めたがまずタイトルが壮大過ぎて恥ずかしい。
始めて1秒で後悔したがこのまま進めていくことにする。
まず俺は3日坊主だ。
というか3日持てばまだいいほうで、その日にこれからこうしようと決めた事を10分後に忘れていることもしばしばである。
人生において何も積んでいない。
仕事、趣味、交友関係、一切何も積んでいないので人に誇れることがない。
なので自分の人生・意思決定、全ての面においてブレブレである。
その場面だけを切り取ると一応もっともらしい事は言っているが何のこっちゃなくただブレているだけ。
今日から俺は変わる!
その決意をこれまでの人生で3000回はしたと思うが、その決意すら何だったのか覚えていない。
そして不毛な決意を何度も繰り返した結果、我は気付いた。
今日から変わるとか無理である。
今日から変わる、その決意はよくて3日で飽きる。
本当に変わりたければ毎日毎日毎日毎日、まるで意味のないような積み重ねの行動を経てしか自分は変わらない。
何度変わろうと思っても本屋の自己啓発本コーナーに俺の求めている答えは無かった。
それはその人の答えであって俺の答えでは無いからだ。
紙に書きだすとかもしてみたが、書いた10秒後にはもう忘れていた。
答えは頭の中にも机上にも無かった。
なのでとうとう何も積まずに30半ばに差し掛かろうとしているどん詰まりの我は自分に変革を起こすために行動をしていく事にした。
その行動の手段がナンパである。
これは興味関心が向くのがナンパであっただけで、将棋に関心があれば将棋にしただろうし料理だったら料理、仕事であれば仕事だったと思う。
30半ばにして色々間違っているがとりあえずナンパを触媒にすることには決めた。
ナンパを選んだのは女性も好きだし性欲も人並みにはあるが、何より自分が苦手としているもの全てがオールスターで揃っているからだ。
その苦手としているもので【積む】ということそのものを修得したいと思う。
ナンパとなると女性から連絡先を聞いたり、どこかへ連れ出したり付き合ったり肉体関係を結んだりとかであるが、正直その辺の結果としてはどうでもいいといえばどうでもいい。
ナンパが上手くなれば自然とその辺の結果はオプションとしてついてくる。
俺はとりあえず、まずは【積む】ということを大事にしていきたい。
手段がこの年齢でナンパというのが痛いが、とりあえず決めたのだからナンパという行為を通じて【積む】という経験を修得していくことにする。